伝説のゴールシーンを振り返る
サッカー日本代表のゴールシーンは、記憶の残るものばかりです。中でも、2002年の日韓ワールドカップといえば、金狼こと鈴木隆行のゴールです。
グループリーグ初戦のベルギー戦、鈴木隆行は、後方からのボールに対して、届いてくれと言わんばかりに足を伸ばして、つま先でゴールを決めました。当時、生中継にかじりついていた私は、ゴールの瞬間、大声で雄叫びをあげました!そして、同じく観戦していた妹から、冷静なツッコミが入ります。「お兄ちゃんうるさい、近所迷惑。」はい、ごめんなさい。すみませんでした。
ゴールの余韻
いやー、そりゃ叫ぶでしょ。あの場面で、叫ばないなんて、あり得ない。感情を表現するのに、吠えるしかない、まさにそんなゴールでした。ゴール後、金狼が画面で吠え続けていました。そして、日本全国で吠えていた人は沢山いるでしょう。当然の現象です、狼の群れでリーダーが吠えれば、部下の狼は全員吠えます。
私は、TV画面に速報が流れるか、ドキドキしていました。
「ニホンオオカミの遠吠えか?!」「絶滅したはずの、ニホンオオカミの遠吠えが、全国各地で観測される!」と。
もちろん、そんな速報は流れず、ゴールを決めた余韻も醒めやまぬ中、試合は続行します。
このゴールは、シーンだけを切り取っても、非常に美しいものでした。ただ、このゴールに至るまでの苦難の過程があったからこそ、より深く印象に残っています。
ゴールの歴史的な背景
2002年、日本でワールドカップを開催するにあたって、日本代表には大きなプレッシャーがかかっていました。過去、開催国でグループリーグを突破できなかった国は無い、というジンクスです。
ホームの声援を受けてプレーするので、成績が良くなるというのもあるのですが、過去、大会を開いてきた国は、強豪国ばかりでした。ウルグアイ、イタリア、フランス、ブラジル、スイス、スウェーデン、チリ、イングランド、メキシコ、西ドイツ、アルゼンチン、スペイン、アメリカ。
グループリーグを突破するという意味では、ホームの大声援をバックにすれば、いけるでしょ、という国ばかりです。
現在の日本代表であれば、この辺りの国々に加わっても遜色はありません。他国から見ても、ホームであれば突破する可能性は高いと思われるはずです。
が、当時の雰囲気は違います。
ドーハの悲劇とアジアの壁
日韓ワールドカップの2大会前、1994年のアメリカ本大会に、日本は参加していません。アジア大陸の予選で敗退しています。それも衝撃的な敗退でした。ドーハの悲劇です。
アジア最終予選の最後の試合、しかも後半のロスタイムまで、日本のW杯出場は決まっていました。相手のコーナーキックになったときも、早く時間が過ぎろ、としか思わず、相手が蹴っても失点するなんて考えていません。そして、運命の瞬間が訪れます。コーナーキックからの、まさかの失点。
解説は、呆然としていましたが、TV観戦していた身としては、解説以上に茫然としていました。何が起こったのかわからない。試合終了の笛が鳴り、ピッチに崩れる選手達。ただ、それを茫然と見ていました。
選手や監督、チーム関係者や、サッカー協会関係者の方々が、どんな思いを抱いたのか、そういった思いに至るのは、しばらく時間が経過してからになります。
真っ白なまま過ぎ去る時間、後にドーハの悲劇と語られる、試合でした。
もし、自分がネーミングを付けるのであれば、ドーハの空白、になっていたと思います。悲劇のが意味が伝わるのですが、自分にとっては、空白、としか表現できないです。本当に真っ白な、空白でした。
ドーハの悲劇を通して、感じたことは、世界の壁の高さです。世界に挑戦することすら許されない、まだ、アジアの壁すら突破できない。もちろん、今だからこそ、出場チーム数が少なかったから本選に出場できなかっただけで、当時も、今と同じ枠があれば出場できた。と言えるかも知れません。ですが、当時の感覚では、そんな事は夢にも思いません。
目の前にある現実として、W杯に出場できなかった。奮闘する選手達が、やっとアジアの壁を突破する、その最後の瞬間。壁の縁まで手をかけたのに、その手が滑ってしまった。滑って、転落してしまった。あまりにも残酷な幕切れ。
結果として、アジアの壁の高さを、その身に刻み込みます。
フランスW杯と世界の壁
4年後、雪辱を果たすときが来ました。ワールドカップ予選を見事に突破。アジアの壁を乗り越え、ついに世界の壁へと挑みます。
フランスワールドカップ本大会、グループリーグにおいて、日本はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカの3チームと戦います。
グループリーグ初戦は、強豪アルゼンチン。当時の日本にとっては、手の届く相手ではありませんでした。0-1というスコアよりも、地力の差を感じた試合です。ただ、ここは勝ち点を落としても仕方がない、と、織り込み済みでした。もちろん、あわよくば、とは思っていました。
今の日本代表なら、アルゼンチン相手でも、一発はある、と思いながら期待して観戦しますが、当時は、運よく勝ち点1でも拾えれば、みたいな感じでした。
いきなり、横綱と当たるようなもので、敗戦もやむなし、負けても次がある!の心境です。要は、残り2戦で勝てば良いのです。
2戦目は、勝ち点1以上が最低条件となります。相手はクロアチア。この大会で、ベスト4まで勝ち上がる、強いチームでしたが、グループリーグで対戦したときは、それほどの強豪と対戦しているとは、考えていませんでした。メディアの煽る雰囲気もあったでしょうが、
引き分け以上は、十分狙えるという位置付けで、挑んだ試合でした。
結果は0-1で敗戦。
2戦連続で負けてしまい、この時点で、グループリーグ敗退。世界の壁は、遠いとしか感じませんでした。
3戦目はジャマイカ戦。
敗退は決まっているものの、日本の意地を見せるつもりで臨んだ試合です。しかし、ジャマイカに2点先制されました。漂う敗戦ムードと、世界の壁の高さ。戦前に、ジャマイカには勝てるという、根拠のない雰囲気もあったのですが、木端微塵に砕かれました。中山ゴンが1点返してくれましたが、むしろ、世界との差を痛感する試合として、記憶に刻まれます。
日本代表が、初めて出場したワールドカップ。
その印象は、強烈なほど、世界の壁の高さを感じただけです。
立ちはだかる世界の壁を破れるか
2002年、日韓ワールドカップを迎えることになります。
プレ大会である、コンフェデ杯で、日本の活躍はありましたが、それでも、過去に刻まれた記憶を振り払うほどではありません。期待と不安で言えば、不安が上回っていました。一般人ですから、マスメディアの煽りにも反応します。グループリーグで敗退した開催国は無い!だから日本は勝つ!ジンクス的にも勝利する!みたいな報道もありましたが、自分からすれば、この煽りは、プレッシャーにしかならなかったです。
そして、ついに本番です。
立ち込める暗雲
2002日韓W杯、日本の初戦はベルギーです。前半は0-0。どちらに転んでも不思議ではないゲーム展開で、先制点をあげたチームが、そのまま勝つかも知れない、という状況で、ベルギーが先制します。1点以上の重みを感じた失点でした。
まだ試合は続いているにもかかわらず、敗戦を覚悟します。
頭によぎるのは、過去の大会で刻み込まれた、世界の壁の高さ。
ドーハの悲劇、それを乗り越えて、到達したフランスワールドカップ。
幾ら手を伸ばしても、世界の壁は果てしなく高くて、遠い。
今また、目の前でベルギーが先制ゴールをあげてしまった。
日本の試練は、いつまで続くのだろう。
この高くて遠い壁に、手をかける日は来るのだろうか。
画面の前で、がんばれ、がんばれと応援しながら、また負けてしまうかも知れないと、不安な気持ちに包まれます。
それでも、やっぱり勝って欲しいから、がんばれ、がんばれと応援します。
想いの実るとき
我々の想いに、日本代表は答えてくれました。
中盤の自陣深くから、ふわっとしたロングボール。日本の誇る天才、小野伸二から繰り出された、魔法のようなロングボール。まるで時間が止まったかのような、綺麗な弾道で、相手守備陣を全て通り抜けて、GKと最終ラインのわずかな隙間に、優しく着地します。ボールに羽でも生えているんじゃないか、思うほどの優しい天使のパスです。
ただ、この天使のパスも、受け手がいなければ、水の泡です。
DF2人のマークを振り切り、猛然と走り込む鈴木隆行。しかし、ボールが少しだけ遠いです。ベルギーのディフェンス陣は、ボールを見送ります。鈴木隆行をマークしていた2人も、最終ラインを形成していた残る1人のDFも、日本の選手が疾走しても間に合わないと判断して見送りました。ボールの処理をゴールキーパーに任せます。
ギリギリ届くかどうか、という微妙さ。その瞬間、鈴木隆行は身体を投げ出しました。ボールに届け!といわんばかりに、必死に足を伸ばします。
さすがに日本代表のFWに選ばれるだけの才能です。ゴールへの嗅覚は並ではありません。絶妙のボディバランスで、伸ばした足のつま先だけで、シュートします。
勝負を諦めない心が生んだ、魂のシュート。
ボールはキーパーの脇を抜けて、ゴールネットへ転がります。
どれだけ手を伸ばしても届かなかった、立ちはだかる世界の壁。その壁が音を立てて崩壊していきます。
ゴールを決めた鈴木隆行は、吠えました。
ゴールセレブレーションでなく、ただただ、吠えました。
魂を揺さぶる、金狼の雄叫び。
日本中のフットボールを愛するファンは、この日、狼となりました。
金狼の雄叫びに合わせて、ただただ、吠えたのです。
私も、もちろん、叫びましたよ。魂のあらん限り、吠えました。まあ、すぐ妹から、近所迷惑という指摘を頂いたので、やめましたが。野生の山に生息していたら、ずっと叫んでいたと思います。残念ながら、飼い犬ならぬ飼い狼だったので、おとなしくしていました。
ですが、このベルギー戦、続けて、稲本潤一がゴールを決めるんですよね。
あっという間に、狼モード再発動です。
まとめ
日本のサッカーファンにとって、ニホンオオカミは絶滅していません。
ソースは2002年の金狼です。